中日新聞 三重版
machikado information
数多くの出会いをつむいできた「駅」。その歴史を知ると、旅はもっと楽しくなる。
三重県の駅にまつわる歴史・文化を探る当企画。第一回は伊勢神宮参詣の拠点、近鉄山田線・鳥羽線宇治山田駅へ。
港町・宿場町から「鈴鹿市の玄関口」へと進化
 
伊勢鉄道の夢を乗せて大正4年に開業

 江戸時代に紀州領であった白子港は、紀州藩御用の荷物を積む白子廻船が江戸に向けて出港するなど、伊勢湾の中心都市として賑わいを見せた。さらにこの辺りには伊勢街道が通り、宿場町としても発展。歴史にはこの地にゆかりのあるエピソードも多く残っており、明智光秀に追われた徳川家康が白子港から渡海したという伝承や、大黒屋光太夫が江戸に向かう途中で漂流し、帰国する際に西洋の情報を持ち帰った話は特に有名だ。
 そんな町に駅ができたのは、1915(大正4)年。まだ鈴鹿市が誕生する前、河芸郡白子町の時代であった。当時、鉄道空白地帯であった津市と四日市市を結ぼうとしていた伊勢鉄道が、その第一歩として白子駅・一身田町(現在の高田本山)駅間を開業。機関車と客車、貨車が連なる小さな列車が走ったという。なお翌年の1月には白子駅・千代崎駅間が開通している。ちなみに伊勢鉄道は当初、津市と四日市市を結ぶ中で、白子駅から神戸(現在の鈴鹿市)駅を経由して若松(現在の伊勢若松)駅へ向かう路線を検討していたようだ。


東出口から西出口へ変わり行く駅の風景

 その後、路線を延長していった伊勢鉄道は、1926(大正15)年9月に伊勢電気鉄道に社名を変更。同年12月には電化工事を終え、三重県で初めての本格的な電車として名を馳せた。この頃になると伊勢鉄道は、名古屋駅と山田(現在の伊勢市)駅を結ぶべく事業を展開。1930(昭和5)年12月には新松阪駅・大神宮前駅間(ともに現在は廃駅)が開業し、白子駅からは桑名方面や伊勢神宮方面へもアクセスできるようになった。
 1936(昭和11)年になると伊勢電気鉄道は参宮急行電鉄と合併し、白子駅は同社伊勢線の駅に。さらに関西急行鉄道時代を経て1944(昭和19)年6月に近畿日本鉄道名古屋線の白子駅となった。
 そして時代の移り変わりとともに、駅周辺の環境も変わっていく。港町として発展した歴史を持つこの地域は、開業当時は駅東側のエリアに民家などが建ち並び、現在ロータリーがある西側には田園風景が広がっていたという。1942(昭和17)年に鈴鹿市が誕生し、大手メーカーの工場が誘致されると、市の成長に呼応するように駅西側が発展。伊勢鉄道創業期に生まれた白子駅は、やがて「鈴鹿市の玄関口」としての役割を担っていく。

サーキットの誕生でさらに活性化

 そんな白子駅は、1962(昭和37)年の「鈴鹿サーキット」オープン以降、国際レーシングコースを訪れる人々でも賑わうように。1987(昭和62)年からは鈴鹿サーキットがF1日本グランプリの舞台となり、白子駅も2006(平成18)年までの20年間にわたり多くのF1ファンを迎え入れた。F1開催日になると、駅西側はバスを待つ人々で長蛇の列ができ、この地域の秋の風物詩ともなった。一時は開催地が富士スピードウェイに移ったものの、2009年には再びこの地での開催が決定。以降は隔年で開催されるため、「モータースポーツの聖地へのアクセス拠点」という顔をこれからも持ち続けることだろう。
 もちろん、鈴鹿サーキット以外の観光資源も多い。白子・寺家を産地とする伊勢型紙の精緻な技の魅力に資料館で触れてみたり、伊奈冨神社でムラサキツツジを鑑賞したり。白子駅土産には、200年の歴史を持つといわれる白子の銘菓「大はら木」を購入すると良いだろう。
 また鈴鹿市では2007(平成19)年から「白子駅前広場整備事業計画」を推進。交通ターミナル機能を高めるべく、2013年までに駅西側を中心に整備を進め、イベントなどが行えるスペースも新設される予定だ。発展を続ける駅のこれからにも注目したい。
15
1926(大正15)年頃の白子駅の様子。当時は変電所が併設されていた
現在の白子駅。1967(昭和42)年に特急停車駅となり、1979(昭和54)年に橋上駅化された
1947(昭和22)年頃に名古屋線を走った特急列車モ6301
伊勢鉄道開業期に活躍した蒸気機関車である5号機
白子駅売店で購入できる「大はら木」
白子港近くの公園には、ここから渡海した大黒屋光太夫の記念碑が建つ
 
 
 
 
駅のたのしみ
伊勢型紙の歴史にふれる
江戸時代末期の建物で白子屈指の型紙問屋であった寺尾斎兵衛の住宅を修復し、型紙資料などを展示する「伊勢型紙資料館」。型紙の見本帳や紀州藩から与えられた通り切手などを所蔵・展示する。電話0593-68-0240
目に鮮やかな紫色のツツジ
白子駅長おすすめハイキングコースにも組み込まれた名所。伊奈冨神社に自生する約5000本のムラサキツツジは、毎年4月中旬から5月上旬頃が見頃に。古代の庭園様式として有名な「七島池」と合わせて鑑賞したい。
取材内容は平成20年6月現在のものです。
トップへもどる
 

Copyright (C) The Chunichi Shimbun, All Rights Reserved.
本ページ内に掲載の記事・写真などの一切の無断転載を禁じます